教育失敗学から教育創造学へ   (読書編) ~子どもの教育に情熱をかける人々のために~ 

小学生と大学生の親です。 このブログでは,読書から得られた発見や視点を中心に,子どもの教育について考えていることを書き綴っていきたいと思います。

『バカとつき合うな』は孤独と戦うための本

バカとつき合うな
堀江貴文
徳間書店
2018-10-26


 amazonのカスタマーレビューは今のところ259もある。

 ほとんどが☆5個だが,1個の評価を読むのが楽しいところである。

 論調(口調?)が「真面目に生きる」ことを否定しているように感じるためか,「真面目な反論」が多くて書いている方が気の毒になる。なぜこの2人を本を読んでしまったのか?と。

 私にあてはまってしまう「バカ」は,24個中,15個もあった。

01 バカばっかりの環境に居続けるバカ(堀江貴文)
05 我慢を美徳にしたがるバカ(堀江)
06 未熟なのに勘に頼るバカ(西野)
08 「自分の常識」を平気で振りかざすバカ(西野)
09 機械の代わりを進んでやるバカ(堀江)
11 ひとつの仕事で一生やっていこうとするバカ(堀江)
12 先に設計図を描きすぎるバカ(西野)
14 人生の配分ができないバカ(堀江)
16 無自覚に人の時間を奪うバカ(堀江)
18 マナーを重んじて消耗するバカ(堀江)
19 自分は老害にならないと思っているバカ(西野)
21 一貫性にこだわるバカ(西野)
22 未来に縛られるバカ(堀江)
23 空気を読むバカ(西野)
24 バカを笑って、自分は棚上げのバカ(堀江)

 仕事が中学校教師なので,許してもらえる「バカ」が多いと思われるが,学校にいると,「老害」「マナー」「空気」があるからもってきた世界だった,とつくづく感じる。
  
 学校が本当に社会の役に立っていないことが実証されてしまうまでは,ぎりぎりのところだが,とりあえず現場に居続けてしまうことになるだろう。

 一応,自分にはあてはまらないの思っているのは,以下の9個である。

02 人と同じことをやりたがるバカ(西野亮廣)
03 学校を盲信するバカ(堀江)
04 目的とアプローチがずれているバカ(西野)
07 欲望する力を失っているバカ(堀江)
10 付き合いを強要するバカ(西野)
13 にわかを否定するバカ(西野)
15 新しさばかり追求するバカ(西野)
20 孤独を怖がるバカ(堀江)
17 善意なら何でもありのバカ(西野)


 学校現場には,新しさばかり追求するバカもいる。現場というか,行政はそういうところがある。予算を獲得するため,という大きな任務もあるのだが,予算をとって物を買ってしまってからア,電子黒板のように学校に導入された教育機器がことごとく「置物」「飾り」のような存在になっている現状があっても,議員につっこまれなければ何もしない(でおいてくれる)。教育に詳しい議員がいないことは,現場教師にとっては半分悲しく,半分ありがたい。
  
 少なくとも学校現場にいるときは,孤独ではない。問題は,その後である。

 『バカとつき合うな』を読んでいる人の年齢層は,どうなっているのだろう。案外,50歳代が多いのではないだろうか。
 
 すでに孤独だったり,やがて孤独が訪れることをよく知っている人を,勇気づけることができる内容だから。

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教師が自由になるとどうなるか~バカとつき合うな

バカとつき合うな
堀江貴文
徳間書店
2018-10-26


 行動しない人間は「無」に等しい。

 ということは,学校というところは,「無」を大量生産する場所という意味になる。
  
 教員がもしルールに縛られない,ということになったら,どんな「行動」をし出すだろう。
  
 体罰をしまくるのか,暴言を吐きまくるのか,それとも『学び合い』に逃げ込むのか。

 今も相変わらず,好き勝手できる学校があるようだが,「自由」の本当の怖さを知っているのはどういう人たちだろう。
 
 自由になると,とたんに何もできなくなる人がいる。定年後のおじさんたちを揶揄しているわけではない。真面目に「無」になって採用試験に受かった若者が,「自由」を与えられて「無」であることに気づいたときに,教育関係だと逃げ場は大学しかなくなってしまう。そこで再び「無」に還る。

 一方で,「行動」「行動」と言っている人が,実際には何もできないで苦しんでいたりもする。

 あるいは,「行動」「行動」と口に出していることだけで満足していたりもする。

 何も語らずに黙々と仕事に打ち込む姿に感じるものがなくなった人が求めているものがよくわかる本である。 

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笑いのネタに関する注意事項



 TVのCMや視聴率が高いバラエティー番組で登場する「痛がりネタ」を想像してみてほしい。

 子どもを一番簡単に笑わせる方法の一つである。

 動画制作で有名な人も,「簡単に視聴者を惹きつけることがネタ」の一つとして「激辛なものを食べて苦しむこと」を例示していた。

 私自身も,大学時代に野球のリーグ戦で頭部への死球を受けた後の,バッターボックスが血の海になった話や病院での縫合手術をネタにして中学生を喜ばせることがある。

 頭部への死球は,命にかかわる危険な事故であり,当たり前だがよければ避けられるものなのだが,「カーブに山を張っていた時のストレート」など,反応がほんの少し遅くなっただけで,気がついたら目の前で星が輝いて何も見えなくなっている自分に気づくものである。

 ブルペンで相当球が暴れているのを直前まで見ていたから,1番打者として,「フォアボールが狙えるな」と思った。しかし,フォアボール狙いだと,気持ちが消極的になり,「弱いチームの戦い方」を見せつけて相手になめられてしまうと思い,気持ちは超攻撃態勢をとった。曲がってど真ん中に入るはずだったボールは,そのまま頭に向けて飛んできた。私は相手のピッチャーを信頼していたのだとも思う。頭に死球が来るタイプの人ではなかった。1年先輩の選手だったが,次のリーグ戦で対戦する前に謝りに来てくれた。「よけなくて余計なご心配をおかけしました」と心ではこちらが謝っていた。

 先月,頭部への死球で高校生が亡くなったそうだ。投球をした高校生は,まだ野球を続けられているだろうか。

 高校野球はまだ戦時中の軍隊のような世界だから(監督やコーチも同じユニフォームを着て戦うことなども含めて),亡くなった子どものためにも,ということで周りが一致団結してさらに士気を高めることができるスポーツかもしれない。

 野球シーズンが終わると,「珍プレー好プレー」を特集した番組が放送される。

 今回,頭部への死球をネタにしたナレーションが批判を受けているらしい。

 そういう批判は,私も受けなければならない。ただ,私自身が話すのではなく,他人が私を茶化すように話題にしていたとしたら,どう思うだろうか。

 野球のボールは,捕手など特に該当するが,急所に当たることがある。これが「事故」になり,子どもができなくなってしまった人がいるかもしれない。

 こういう「想像」ができる人を育てなければならない。だから,笑いにするな,とは言わないが,野球をやっている人間なら,自分がいつ「被害者」「犠牲者」になるかもしれないことを自覚する必要があるし,そういう人がいることを,司会者や識者っぽい人が一言断るべきなのだろう。

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