教育失敗学から教育創造学へ   (読書編) ~子どもの教育に情熱をかける人々のために~ 

小学生と大学生の親です。 このブログでは,読書から得られた発見や視点を中心に,子どもの教育について考えていることを書き綴っていきたいと思います。

2014年10月

東大新入生必読書の究極のエッセンスを受験生に~「知の技法」入門(河出書房新社)

「知の技法」入門
小林 康夫
河出書房新社
2014-10-15


 私は一人の教育者として,この本に登場する大切な言葉を拾っています。

 読書術や思考術という「スキル」以前の問題として,

 とても大切な「学ぶこと」の意味とか,

 「学び続けること」の意味を教えてくれます。

 大澤真幸の次のような言葉は,教師だけではなく,子どもの

 教育にたずさわり,成長を促す立場にいる親にも知っておいてほしいものです。

>僕らはあるものをわかってしまうと,わかる前がどうだったかがわからなくなってしまうところがあるんですよね。それがわかる前はどうだったか。そういう違和感の段階をキープしておくということが,僕はわりと得意なんだと思うんですよ。今は納得してしまっているけれど,その前はどこに居心地の悪さを感じていた,ということを,わりと覚えていられる。わかってしまうと,どうして人がそれをわからないか,それがわからなくなってしまうんだよね。だけど,躓くことは重要なんです。躓いたから,それを納得できるように行為が出てきて,山を登ったような気分になって,「そうなんだ」と次の山に登れるようになる。いきなりエレベーターで登ってしまうと,登ったという経験がのこらないんです。自分の足で一つ登って,二つ登って,三つ登ってみて,やっと腑に落ちる。理解するとかわかるということには,行為としての段階があるんだと思います。

 私はある自治体で最も生活指導が厳しいという評判の(よい),

 多くの部活動が都大会に出場するような「名門校」から,

 その自治体で「最も荒れている中学校の一つ」という噂の
 
 学校に異動した経験をもっています。異動してそうそう,中3の

 学年主任になりました。

 私の直感は,「これでは9月に予定されていた修学旅行の班別行動など,

 とてもできない」というもので,そのために,急きょ,班別行動を中心にした

 5月の「遠足」を企画し,教育課程届けを変更してもらって,実施しました。

 そこで得た私の「理解」は,学校では荒れて,すさんでいた中学生だが,

 基本的な生活能力に劣ったところは一つもない,というもので,

 その後の「建て直し」が不可能ではないことを悟ることができました。

 「責任」というものがどういうものか。
 
 「責任を果たす」ことができた後の充実感,達成感がどういうものか。

 「自分たちで決めた計画を,自分たちで実行すること」で,

 どのような自覚を自分自身から引き出すことができるのか,

 「予想事態に,どのように対処するのか」は,何がより高い優先順位のものかを

 考え,何を捨て,何を守るべきかを自分たちで判断し,行動できることで,

 人はどれだけ自分たちを信じることができるようになるのか,

 などなど,多くのことを「学んで」もらいました。 

 3年生になった中学生には,教師たちからの指示を直接受けることよりも,

 自分たちが選んだ代表を中心に動いたり,ときには自分たち自身が決めて

 行動することの大切さを「学んで」もらいました。

 当然,そこには多くの失敗がありましたが,失敗をさせたことが失敗だったとは

 考えていません。

 失敗を通して学んでくれたことも多いと思います。

 さて,受験とは,どのようなものなのでしょうか。

 受験する学校を選ぶこととは,どのようなものなのでしょうか。

 その学校で学ぶことの意義が,どこにあるのか。

 そういうことを自覚させてくれるような学校説明会をしているところは

 どのくらいありますか。

 卒業生の進学先ばかりに目がいっていませんか。

 出口ばかりに目が行っているということは,

 入ってから出るまで,その学校生活は「真空地帯」になってしまいます。

 そういう子どももたくさん見てきたので,

 ぜひ親や教師は,子どもを「真空地帯」に落とし込まないように,

 「これは,と思える教育を受けさせること」に集中してほしいと願っています。

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子どもに聞かせられない未来像~もう国家はいらない(ポプラ新書)



 とても挑発的なタイトルですが,内容は

 フェス,シェア,ビットコインの意味を田原総一朗が

 ホリエモンにインタビューしながら学んでいく,というものです。

 税金を必要としない「国」の未来の話などは魅力的で,

 夢のある話が多いのですが,こういう「未来像」「将来像」を
 
 子どもたちに聞かせてあげることには何となく躊躇してしまいます。

 ある年齢以上の大人というのは,「つながり」が増殖していく世界に,

 大きな不安を抱えてしまう生きもののようです。

 自分の子どもがネットで知り合った人たちと「出会い」まくっている姿は,

 あまり想像したくありません。

 しかし,私のように中学校の教師などは,たとえば教科系の学会には

 不満があります。

 学会への自由な発表などは,ネットで全部オープンにして,

 興味のある人たちみんなでシェアできるのが

 ベストだと思うのですが,大学が持ち回りで運営するしきたりになっていて,

 とにかく遠いところまでわざわざでかけていかないと,発表はできないし

 発表内容を知ることすらできない。

 こんな「鎖国以下」の狭すぎる情報空間にいる人たちに,

 社会を変える力なんて存在しないだろうと思ってしまいます。

 こういう感覚を,あらゆる局面で感じているのが,IT関連で食べている人たち

 のようだと思っていたのですが,ホリエモンは今のIT企業の経営者たちも

 「たるんでいる」と非難しています。

 それだけ変化が激しい世の中になっているなかで,

 密室にこもって,集まった人間だけで状況共有している学会という世界は,

 何とも保守的というか,時代遅れの「異時代人」みたいなものです。

 この本には,

 国から(日本だけでなく)目をつけられるような内容も含まれています。

 なぜ,国がビットコインを規制しにかかるのか,などはとてもわかりやすい論理でした。

 一般的な科学技術礼讃信仰というよりは,

 「それに未来を賭ける」意気込みのようなものが感じられ,

 田原総一朗が目を離せないでいるのもよくわかりました。

 内田樹の「若者よ,マルクスを読もう」もそうですが,

 日本は本当に自由に物が言える国で,それを読める国だということも実感できます。

 そういう日本らしさは「国」として守ってもらいたいものです。
 
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史上最も有名な決闘から学ぶ~逆転!強敵や逆境に勝てる秘密(講談社)

逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密
マルコム・グラッドウェル
講談社
2014-09-02


 本体ブログからの転載です。

 イスラエルの人や世界史に詳しい人は,

 ダビデとゴリアテと言えば,何のことかご存じなのでしょうが,

 「ありえない勝利の話」として有名なものです。

 「史上最も有名な決闘」としても知られています。

 日本で言えば「桶狭間の戦い」とか「日露戦争」がそれにあたるのかも

 しれません。

 この話から私が連想したことは,

 「全国学力調査」の結果を受けての各自治体やら学校やらの反応です。

 それぞれ,「逆転」をねらって,「攻め」に転じているといった様相ですが,

 どの自治体も,真正面からの「攻撃」ばかりで,こんな皮肉は失礼かもしれませんが,

 玉砕覚悟の特攻みたいなものです。

 なぜなら,「失敗」に終わった暁に,「戦犯扱い」されるのが,

 教師と子どもという,教育現場の中心にいる人間だけだからです。

 ダビデは,ゴリアテが望んだ一騎打ちに向かいますが,

 ゴリアテが想定した接近戦をしようとは思わず,小石で倒し,

 相手の剣で首を落としたのです。

 学力を向上させるため,学校がすぐに取り組むことは目に見えています。

 それは,華奢な小学生の体に重たい鎧を着せるのと同じ行為になってはいないか。

 小学生に合った武器を探す努力をしているか。

 「必ずしも,剣や槍で戦う必要はない」というダビデのような判断力を発揮できる大人

 はいませんか。

 「答を教えてくれ」とすぐにせがんでくるような思考力のない人間しかいない自治体に,

 未来はありません。
 
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極意は人には教えられない~能はこんなに面白い!(小学館)

能はこんなに面白い!
内田 樹
小学館
2013-09-13


 「速い球を投げるこつ」「ヒットを打つコツ」などをプロ野球選手が

 解説しているものを見ると,中には,素人が勘違いしてよくない結果を招く

 おそれがあるものがあります。 

 その選手が体得した独特の「感覚」は,言葉ではなかなか人には伝えにくい
 
 ものです。

 かつての長嶋監督が,パーッと,だぁーっとなどと表現していたのは,

 「言葉で伝えるものではない」ことを示してくれていたのだなと思うのです。

 大学時代の公式戦で打ったホームランのうちの1本は,

 どういうコースのどういう球種をどのように打ったのか,記憶がありません。

 昔だから忘れてしまった,というのではなくて,打った瞬間から,気づいたら

 ボールが飛んでいた,という感覚でした。

 内田樹の次のような言葉に共感できるのです。

>武道修行の経験から私が学んだことの一つは,人間の身体が最適のタイミングで,最適動線をたどって,最適の速度,最適の強度で動くとき,私たち自身は自分が何をしているのかよくわかっていないということである。もっとも適切な身体運用は,脳が四肢になすべき運動を指令した結果達成されるものではなく,「それ以外にありえない」と思われる動きを身体そのものが自発的に遂行することで達成される。

 先日,身近で初めて能の動きを見せてもらったのですが,
 
 最初に感じたのは,「襲いかかったらやられてしまう」「かわされてしまう」という

 「恐怖心」でした。

 武道と通じる動きが能にはあり,それが中世人の身体運用の基本だったのではないか,

 などと想像してしまうような経験でした。

 ひたすら素振りをしていたころ,「いい打ち方を教えてくれる人はいないか」などと思ったりもしましたが,

 「自分ができるとは思っていなかった動きができた」ことの喜びを,

 かなりの年数を経て,味わうことができました。

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日本の「長寿」自慢は人だけではなかった~成毛眞の本当は教えたくない意外な成長企業100(朝日新聞出版)



 日本は「ものづくり大国」であること,そういう時代が「終わった」わけではない

 ことが,よくわかりました。

 2008年の韓国銀行の報告書の内容が紹介されています。

 世界の創業200年以上の企業・・・・41か国に,5586社

 このうち,3146社(56%)が日本企業

 韓国は0社。

 韓国や中国に老舗企業が存在しない理由は,

 戦争や内戦,国家の分裂など様々な背景が考えられるなか,

 著者の指摘は「儒教の影響」というものでした。

>儒教の世界では文官が圧倒的に力を持っており,

 相対的に技術者の地位が低い。どれだけ素晴らしいものを

 作ることができても,素晴らしいことを言う人には勝てないのだ。


 しかし,200年前といえば,日本も江戸時代。

 儒教の影響を受けていた時代です。

 もう教科書的には「士農工商」などという呼び方をしていませんが,

 日本では職人さんたちは高い尊敬を得ていました。

 「長寿」企業の「長寿」できた理由として,著者が指摘していることが重要です。

>・・・ここで取り上げた長寿企業の多くは常に変わり続けてきた。

 それも,時代を先取りするように変わってきたのではなく,

 時代を新しくつくるように変わってきたのだ。


 「時代の先取り」ではダメだ,という言葉を,どのように受け止めたらよいのか。

 グローバル化の先にある何かをつくっていく国に日本はなれるでしょうか。

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