教育失敗学から教育創造学へ   (読書編) ~子どもの教育に情熱をかける人々のために~ 

小学生と大学生の親です。 このブログでは,読書から得られた発見や視点を中心に,子どもの教育について考えていることを書き綴っていきたいと思います。

2015年02月

子どもの消費が支える未来~「新しい日本人」が創る2015年以後(祥伝社)



 日本が達成した現在の社会は,日本人にとっては当たり前の社会ですが,外国人にとってはそうでもないことが多いわけです。

 中国人が『ドラえもん』に感心する理由が紹介されています。

 ドラえもんの道具以外で,感心されている点を挙げると

>子どもが個室をもっていること

>母親が子どもを基本的には自由に生活させていること
 

 というものになるようです。

 そもそも一軒家に住んでいる家庭の子供たちがメインキャストであるわけです。

 日本の子どもには,お正月に「お年玉」がもらえるという,よき?伝統があり,預金していれば数万円になるのにそう時間はかからない。こんなに経済力があり,また,ゲーム機やゲームソフトなどをバンバン消費できる子どもが,世界にどのくらいいるでしょうか。

 小学生でも新幹線に乗って安全に秋葉原で買い物ができる国は,「一般的」な国でしょうか。

 「大衆文化社会」

 「大衆高度知的文化社会」

 「高度道徳社会」

 「自由消費社会」

 「子供自由社会」

 こういう社会で子供が消費行動に参加できるということは,将来の日本の経済なり社会なりに,どのような影響があるのでしょうか。

 すでに,高度経済成長期に子供時代を過ごした人は親になり,その子供たちに「自分たちと同じような思い」をさせています。

 次の世代はどうなるのでしょう。

 この本で想定されているのは,

 「22世紀型の人間」です。

 すでに21世紀であるわけですから,

 「21世紀型コンピテンシーを想定した教育」の試行錯誤をしているうちに,いつの間にか22世紀になってしまうのでしょう。

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重度の自閉症者と「わたし」~跳びはねる思考(イースト・プレス)



 こちらの記事は,本編からの一部転載になります。

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  イースト・プレスから出されている東田直樹著『跳びはねる思考』から,初めて「自閉症者」の内面を知った人は多いだろう。
 教育関係者・・・特に,特別支援学校の先生なら,NHKの番組や,東田さんが養護学校中学部のときに著わした『自閉症の僕が跳びはねる理由』(エスコアール)などですでにご存じだった方も多いと思われる。

 『跳びはねる思考』から学べる内容を書き出していったら,すぐにA4で4ページ以上になってしまった。

 37の短編エッセイのすべてに,そしてインタビュー内容にも,すべての教師,すべての親,すべての人々が知っておくべき「障害と向き合う人の心」のヒントがある。

 もちろん,「知る」「理解する」だけでは足りないことは分かっているが,東田さんはこの点についても多くのことを教えてくれる。

>たとえば「自閉症を理解してください」と言われても,多くの方は戸惑われるような気がします。・・・啓発活動をしている人は,障害の理解を広めれば,誰もが暮らしやすい社会がつくれると考えています。しかし,人の心は複雑にできています。理解できたから,協力するとは限りません。正しさがいつも,世の中を動かすわけではないのです。いろいろな矛盾も含め,多くの人たちの意思でこの社会は成り立っています。
 それでも,自閉症を知ってもらうことで生きやすくなると思うのは,僕を見るみんなのまなざしが,変わってくるからです。(「僕と自閉症」より)

>理性で感情をコントロールし,会話によって思いを伝え合う現代社会は,僕にとって異次元に迷い込んだかのような世界です。
 人の目に映る自分の姿を想像しただけで,この世から消えてしまいたい気分になります。僕が抱えている心の闇は,どんな魔法をかけても消えません。(「刺すような視線」より) 

 「刺すような視線」を意識していると考えられるのは,障害をもった人だけとは限らない。

 「いじめ」られる側にとって最もつらいものの一つがこの「刺すような視線」だろう。

 もっと攻撃力が高いのが「刺す言葉」である。 

 ブログの世界は,多くの「刺す言葉」にあふれている。その言葉に傷つく人も多いだろう。

 私のブログにも,強い「刺す言葉」を含んでいることは自覚している。

 障害をもっている人たちの心を踏みにじるような言葉を投げつけるな!

 と非難している記事もある。

 こうやって,「敵」を攻撃する姿勢では,何も変わらないことを東田さんは教えてくれる。

 「北風」よりも「太陽」が強いことを,人間は経験でも理性でも,理解はしているはずである。

 しかし,「攻撃」せずにはいられないときがある。

 私にとって,そんな心の叫びをやさしく包み込んでくれるのが東田さんの言葉である。

 叱られているのに,笑ってしまうような自閉症者の心を理解できず,指導に必要のない,むしろ逆効果の言葉ばかりを投げかけるような教師がいるとしたら・・・

 そういう教師から,子どもたちを守る方法がある。

 東田さんの言葉を,子どもたちに投げかけることである。

 子どもたちは,その言葉の数々によって,「人を傷つける心のはたらき」から自分や他人を守ることもできる。

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先行きの混乱が明白な「道徳科」~月刊教職研修(教育開発研究所)

教職研修 2015年 02月号
教育開発研究所
2015-01-19


 10年ぶりに,この雑誌を手にとりました。

 指導主事のころの3年間は,定期購読していましたが,久しぶりに本屋で買いました。

 理由は「道徳」の教科化に向けた特集が組まれていたからですが,この雑誌のおかげでいくつかのよい発見もできました。

 まずは巻頭インタビューの

>なぜ,学校で「ファシリテーション」が求められるのか

 これは,ある学校の研究授業で,4人班のうちの1人が「ファシリテーション役」だったのですが,全く機能していなかったことから,流行のせいで名目ばかりが先走り,結果がついてきていない現状の問題を考えるきっかけになりました。

 あと,文科省の役人で品川区の中学校長をつとめていた方が,今では省に戻り,

 「大臣官房総務課長」というポストについていることがわかりました。

 この号のコラムでは,とてもよい指摘があったので,ここに引用しておきます。

>教員の中には「あいつはどうしようもない」と本気で腹を立てている者もいた。それがその教員のスケールの限界であり,それをはみ出した子供を包み込んで指導する力はないということだ。
  率直に言う。一部の教員には,子供に「教えやすい子」であることを求め,「ややこしい子」を疎ましいと思う気持ちがあると思う。
  現実の子供は極めて多様だ。学校や教員に子供を合わせるのではなく,多様な子供に合わせて教育を行うのが本当だろう。


 キョウインたちからは,「官僚の発想だ」とすぐに反応がありそうですが,いかにキョウインの意識が教育を荒廃させてきたかがよくわかるエピソードです。

 自分にとって都合の良い子供が「良い生徒」あるいは「普通の生徒」という意識を持っていると,子供の方でも,自分にとって都合の良い先生を「良い先生」と呼ぶようになります。

 さて,問題の道徳教科化ですが,やはり「教科化」の必要性が感じられません。

 特に評価に到っては,現段階でも「難しい」という程度の指摘しかない。

 今後の大混乱が予想されます。

 「教え込みではなく,アクティブ・ラーニングを重視」という声がある一方で,

 「教えることをためらってはいけない」などという言葉もあり,

 「考える道徳」の実践の困難さは,

 教科ですらできていないという現状を踏まえれば,

 現段階では「絵に描いた餅」に過ぎないことがよくわかりました。

 先日の道徳の授業の様子がNHKで報道されたときは,何人かの子供が思いっきりあくびをしていたのが印象的でした。

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従来型の学校からは「異能」は生まれないのか?~グローバルに通用する異能を開花する(ビジネス・ブレークスルー出版)



 しっかりしたコンテンツがあるところは,本だけでは伝わらないものを,

 動画を収録したDVDで伝えようとする商売を始めてくれているようです。

 そのうち,受験用に限らず,参考書には授業場面を収録したDVDが

 付属しているようなものが主流になっていきそうな気がします。

 改めて,「無機的な文字から学ぶ」ことと,「人の声や姿から学ぶ」ことの違いを実感させられました。

 さて,この本から読み取ろうとしたことは,

 今までの教育によって,「異能」をつくっていくことは不可能なのか?

 今までの教育を部分的に「改善」することによって,あるいは,

 「特別演習」のようなものをいくつかしかけることによって,

 「異能」誕生のきっかけはつくれないものか?という点にありました。

 結果は・・・。

 意外と,今の学校教育が重視していることがベースにないと,「異能の開花」は難しいのではないか,という印象が強く残りました。

 かなり「現状維持志向DNA」の影響を受けていることを自覚しつつ,書いていますが。

 いずれにせよ,こう仕組んでいくだけで,「異能」はつくれる,なんて甘い考えは成立しないこと,

 国際標準の能力を身に付けることは,そう容易ではないことは・・・・

 当たり前のことですが・・・・よくわかりました。

 いくつか通常の授業で応用できそうなヒントが得られたので,来年度から実践してみたいと思います。

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倫理を学ぶ意義~はじめての哲学・宗教(大和書房)

ブログネタ
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 私はセンター試験(当時は共通一次)の社会を日本史・地理で受けたのですが,現代社会というのがあったので,倫理の基礎はかじったはずでした。今の年になってこのような本を読んでみると,「倫理」を選択してもよかったかなと感じるようになりました。

 しかし,それは「倫理で点数を稼ぐ」という発想であり,「倫理」を学ぶことの意義まで高校生のレベルで考えつくような人間ではなかったことの告白でもあります。

 たくさんの哲学者が出てくるので,「せめて岩波文庫で1冊ずつ読まないとな」という感じでしたが,よい教科書と,このような参考書っぽくないけれども,帯にあるように

>この1冊で<人類の叡智>をまるごと理解

 できる本があれば,それなりに楽しく学べたかもしれません。

 センター試験の問題を著者は擁護していますが,やはり4択の問題というのはしょーもないもので,大事なのは「素材」そのものです。

 ルターの問題をはじめ,中学生でも正解がわかるものがあったり,国語的な読解力があるだけで正解できる問題までそろっている「倫理」に気づかなかったのは残念でした。

 今,あたらめて「倫理」が注目を浴びることになると思われる最大の理由は,

 「イスラム国」にあります。

 「イスラム国」に対して,何が語れるのか。

 その答えを,「人類の叡智」から導き出すことができるのか。

 日本ならではの情報発信はできるのか。

 「自らに問う」ことの必要性自体を感じさせてくれる本です。

 もし,ソクラテスなら,何と言うか。

 聖徳太子なら,どうか。

 そういう「入試問題」は,つくるのは一瞬ですが,採点するのに何年もかかりそうですね・・・。

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