教育失敗学から教育創造学へ   (読書編) ~子どもの教育に情熱をかける人々のために~ 

小学生と大学生の親です。 このブログでは,読書から得られた発見や視点を中心に,子どもの教育について考えていることを書き綴っていきたいと思います。

2016年01月

学校の教師による認知行動療法~臨床心理学



 今,私が手に取っているのは,上の本ではなく,コンビニで売られていた同じ著者,出版社の680円の本です。

 臨床心理学に興味がある生徒がいるので,学級文庫に加えるために購入しました。

 最近は,特に深い悩みがあるわけではないけれど,話すと気持ちが楽になる,という口コミから,スクールカウンセラーとの面談を希望する生徒が少しずつ増えています。

 一部にはコストに見合った仕事がなされていない,という批判もあるスクールカウンセラーですが,私の勤務校では,一定の役割を果たしていただいています。

 一読して,生徒たちに気づいてもらえたらよいなと思えた箇所がありました。

 私たち教師も,臨床心理の専門家ではありませんが,実は臨床心理士(カウンセラー)の方が行っているのと同じ方法で,生徒の指導をしているという事実です。

 認知行動療法という項目で,簡単に説明がなされていますが,これは問題行動が発生したときの教師による指導そのものです。

 スクールカウンセラーにはない教師の強みは,問題行動に到った背景に関する知識が多いことですが,これは場合によって,生徒に対する偏見を生むおそれもあることを自覚しつつ,「基本的な前提」としておさえながら,とにかく「次のステップへ」進んでもらうことをねらいとして指導を行います。

 教師と同じような役割を,実は友達同士でも行っている現実もあるでしょう。

 義務教育段階の学校でも,「心理学」に関係する学習を行うことが,「道徳」を学ぶよりはるかに役に立つ,という認識が広がる可能性に期待しています。

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TOEIC900点以下は低レベル~社会人のリベラルアーツ



 大学入試改革が進められているが,たとえば大学に入学するときに,どれだけの英語力が期待されているのだろうか。

 どのレベルでは,「大学生としてふさわしくない」と言えるのだろうか。

 京大で英語の授業をもっていた著書は,とても厳しい基準を示している。

 京大生でも苦労していた授業だというから,かなりの辛口であることは覚悟していただきたい。

>冷酷な言い方に聞こえることを承知で言えば,TOEICで900点(TOEFL100点)以下はグローバル基準から言えば,一括して「未熟英語」,つまり箸にも棒にもかからない低レベルとみなされる。・・・・(中略)・・・・中途半端な英語力しかない人間を増産して,一体どうしようというのだ・・・・

 フィリピンやインド,中国や韓国でなぜ英語が理解できないと困るのか,とてもわかりやすい解説もあった。

 英語力だけでは足りない,と著者は述べる。

 英語以外の言語の学習を勧める3つの理由が紹介されている。

>1 複数の文化的なリファレンスポイント(基準となる視点)を持つため

 2 日本語を考えるきっかけとなるため
 
 3 語学は知的刺激だ


 ギリシャ語やラテン語を学ぶことの意義も示されているが,それはこれらを語源とする英単語が全体では5%にすぎないものの,分野によってはほとんどすべてがギリシャ語語源かラテン語とのミックスであるらしい。

 「パラダイム」とか「メタ」の本来の意味も知ることができた。

 英語で書く技術を高めるには,たくさん書くしかないという。

>会話との関連でいうと,自由に書けるようになると話せるようになるが,その逆は正しくない

 英語教育の方向性は大丈夫か。改めて問い直していただきたくなる。

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人生における重要領域項目~コーチングの技術



 強引に選手をひっぱるタイプのコーチより,選手の力を引き出してくれるタイプのコーチが今は求められている,といいます。

 教育の世界から見ると,「そんなものは大昔から求められている」「教師になる前に,教育心理の学習で必ず知ること」という反応が返ってくることでしょう。

 しかし,教師やコーチになってみると,そう簡単に「引き出す」ことはできないことに気づく。

 子どもや選手が育っていないという自覚がある人が,育てている周囲の教員やコーチを見ると,昔ながらの「ぐんぐん引っ張っている」人が成功している様子に戸惑ってしまう。

 「引っ張るコーチ」と「引き出すコーチ」の何が違うのか,という発想で考えていくのではなく,

 「育てることに成功しているコーチ」には何が共通しているのか,という発想で追究してみると,どのようなことが言えるのだろうか,と考えるヒントをこの本からもらえた気がします。

 巻末近くに,セルフコーチングの内容が紹介されていますが,その中の「自己の現状チェック」で示されている10個の「人生における重要領域項目」に注目してみました。

>・仕事 ・経済 ・環境 ・自分の内面 ・人間関係 ・学習 ・社会貢献&ボランティア ・趣味&楽しみ ・健康 ・ライフワーク etc

 とあります。

 自分の願望や挑戦したいことを具体的に書き出した後,これらの項目のどれにあたるかを分析してみる。

 そうすると,できそうなこと,難しそうなことがわかり,いつまでに何が実現できそうか,どうやったら実現できそうかを考えることができる・・・・

 「育てることに成功しているコーチ」は,方法が「引っ張る」にしても「引き出す」にしても,

 コーチ自身が多くの項目にチャレンジできる力,チャレンジしようとする意欲,チャレンジし続る力をもっているのではないでしょうか。

 学校教育の「意欲」は,どうしても「その場のやる気」から判断してしまいがちですが,大事なのは「意欲の継続性」です。

 どんなに意欲を持ってある時間に学習しても,1ヶ月後に何をしたかすら覚えていない,ではいけないのです。

 「血肉になっている」なんていう逃げ口上は無視しなければなりません。

 おそらく,「引き出す」努力だけではだめで,コーチが自分自身を「引っ張っている」という強力なロールモデルになっていないとダメなんだと思います。

 教師にも,それはきっと当てはまるはずです。

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「知らない」恐怖・不安とどう付き合うか~「無知」の技法

「無知」の技法 Not Knowing
スティーブン デスーザ
日本実業出版社
2015-11-19


 ありふれたリーダーシップ論や思考技術の本でないことが売りだろう。

 効率を重視した仕事術の本があふれる中で,

 失敗をおそれない,失敗に背を向けない,失敗から学ぼうとする姿勢が大事であることを実感させてくれる本は少ない。

>しがみつくことで,私たちは,守りたいものを破壊してしまいます。

 手放すことで,そのままを認めるという安心を得られるのです。

   マーガレット・ウィートリー(リーダーシップ・コンサルタント)


 この本は,パートごとにこのような格言が収録されており,

 それぞれの格言から自分が言いたいこと,言えることを考えることで,「自分の能力の確認と評価」を行えるチャンスが与えられている。

 また,私がいつもやっていることだが,斜め読みをして,気になった部分の根拠をまず自分になりに考え,その後に本文を参照していくという「利用の仕方」もできる。

>だからこそリーダーとなる者は,昔からリーダーなる者が背負ってきた知識と統率の「幻想」を,意識的に打破していかなければならない。

 とあるが,その根拠は何か。

 もし,『学び合い』のような授業をした場合は,

 その「後処理」が非常に重要であることを教師は自覚しなければならない。

 そして,計画性のない『学び合い』は,教師主導の授業よりもはるかに強力に子どもの主体性を奪い,内面的な意欲を喪失させ,学力を低下させる結果となりかねないことを知っておくべきである。

 『学び合い』の授業で,「教えようとしない生徒が叱られる場面がある」と聞いて,

 奴隷の作り方にはいろいろなタイプがあるということを知ることができた。

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70年ぶりに『わが闘争』出版~日経ビジネス1月18日号

わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫)
アドルフ・ヒトラー
角川書店
1973-10


 ドイツで『わが闘争』が70年ぶりに出版されたことに気づかなかった。

 日経ビジネスに掲載された石黒千賀子さんのコラムで知った。

 受け売りの知識で,ドイツ語での出版が禁止されていると生徒にも教えていたのだが,

 2015年末でドイツの著作権法での著作権保護期間(死後70年)が切れていた。

 ドイツのアマゾンでは数時間で1万6000部が完売したそうだ。

 今でも「反扇動法」により,無批判のまま『わが闘争』を出版することはできないため,

 現代史研究所による注釈(3500以上あるという)付き学術版として出されたとのこと。

 上下2巻で合計約2000ページに及ぶ本だという。

  ドイツは,難民受け入れ問題などで揺れている。

 もし,注釈抜きで『わが闘争』を読む人が増えたら,どういうことになるだろう。

 本は,読む人が読みたいように読むものである。

 今まで「禁書」とされていたものが出版されるということで,独特の興奮もあるだろう。

 さて,ユダヤ人の立場になって,この出版に対する賛否を述べてみよう,
 
 という課題を突きつけてみたら,どうだろう。

 実際のところ,賛否両論あるそうだ。

 70年の時を隔てて,ドイツはまた変わろうとしているのだろうか。

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