教育失敗学から教育創造学へ   (読書編) ~子どもの教育に情熱をかける人々のために~ 

小学生と大学生の親です。 このブログでは,読書から得られた発見や視点を中心に,子どもの教育について考えていることを書き綴っていきたいと思います。

2017年10月

やつて見る主義への批判~日本論

 20~21頁に紹介されている,「漢字廃止論の妄」という国語学者の主張が面白い。

 発表されたのは,昭和14年。1939年の話である。

 明治以来,現在に至るまで,教育行政が全く同じパターンの誤りを犯している点を指摘・・・というか,予言してくれている。

>所謂やつて見る主義が世を毒し人に禍(わざわい)したことも少なくありません。

 として,「小学生に英語を課したこと」「入学試験の廃止」「国語漢文の教授時数の頻繁なる変更」「役に立つ教育」などの「やつてみる主義」による教育改革の失敗が挙げられている。

>文部省が従前便利主義に立脚して改革を試みようとした者に,成功した例は殆どありません。所謂やつてみる主義で 教育其の者 教員多年の努力 を,一朝にして覆して平然たることが多いのは,どうした事でせう。

 アメリカやイギリスとの戦争が始まる前から,・・・明治のはじめからずっと,日本の教育行政は失敗を続けているが,それは子どもを「子ども扱い」すること,教師を「無能扱い」することが,一貫した最大の原因であろう。

 今や,大学の学長が小中学生レベルとして扱われている。

 小学生や中学生と同じように,大学の先生がレポートを書かされることに,著者のセンセイは大変ご不満なようだが,今や学長までが文科省の従順なしもべだから,喜んで報告書をさしだす時代である。

 高橋是清の「文部省廃止論」を読み返す人が増えてくれることを期待したい。

 もりかけ問題で薄れてしまっているが,天下りあっせんを堂々と続けてきた組織に,道徳教育の指導をさせる資格があるとは到底思えない。


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1つのことができなければ2つ同時に取り組む~独学のコツ



 わからない問題を飛ばして,わかるものからどんどん勉強を進められるタイプの子どもは,テストの点数がよくとれるようになり,結果,「成績がよい子ども」の仲間に入ります。

 実は,「成績が悪い子ども」がすべて「考える力がない子ども」とは限りません。

 むしろ,「考えようとする意欲」が強すぎて,テスト中でも,解けない問題を一生懸命考えてしまうのです。

 「あきらめがいい子ども」の方が点数がとれるという試験よりも,

 「あきらめが悪い子ども」「じっくり難問に向き合える子ども」の方が点数がよくなるような試験をつくることは,不可能なのでしょうか。

 さて,以下に示すのは,雑誌(週刊ダイヤモンド)に紹介されていた「独学のコツ」の一部です。

>勉強の目標は3割達成でよしとする

>自分のペースを守る

>複数のジャンルを並行して学習する


 私が受験した学校の試験は,さまざまな教科の問題が混ざって出題されていたことを覚えています。
 
 つまり,算数の問題を1つ解いたと思ったら,次に家庭科の問題がくる。その次は理科,などというように。
 
 過去問をやっていても,何か調子が出なかったのを覚えていますが,「集中力」の意味の捉え方が膨らんだような気がしました。
 
 1点集中は,実は集中しているうちに入らない。
 
 よく,野球でボールに集中しろ,という言い方がありますが,やっている側からすれば,それは無理です。「集中しろ」という声が邪魔をしてくるのですから。

 頭は使わず,体が勝手に動く感覚がベストです。

>気持ちよく学べる場所を見つける

 環境もとても大事ですね。リラックスできる場所を持っている人は強いです。
 
 残念ながら,リラックスしすぎてしまう家では勉強できない,という人も多いでしょう。

 学校は,気持ちよく学べる場所になっているでしょうか。
  
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「丸暗記」でも点数がとれるテストを排除する~これなら続けられる!「独学力」



 学力を向上させるための調査が実施されて何年もたつが,そもそも学力は年を取れば上がっていくことを前提にした教育制度であるから,「どうすればさらに学力が伸ばせるのか」を追究するような姿勢がほしいところである。

 新しい学習指導要領がこれまでと比べて「何が新しいか」と言えば,小中高で段階的に育まれていく資質能力のイメージが教科ごとに示されたことにある。

 無理矢理に教科独自の「見方・考え方」を設定させたことで,内容が高度化し,じっくり理解させる時間が取りにくかった中等教育にも,変化が見られるようになるはずである。
 
 しかし,この「改革」は,すでに「失敗することが約束されている改革」でもある。
 
 その証拠は,まさに今,進行中の教育課程の実施状況に示されている。

 今,実施中の教育課程で実現させようとしていることと,新しい教育の視点が矛盾していることが,最大の失敗原因であるということが,やがて明らかになるだろう。

 どの学校段階においても,学力向上のコツは,テストにある。

 「丸暗記」でも点数がとれてしまうような,一問一答式や穴埋め問題,もっと言えば単語を選択するような問題をテストから完全に排除することで,学力がついていないのについていることになってしまう失敗を防ぐことができる。

 「丸暗記」では点数がとれない,ということになったら,点数をとるためにどうすればよいか。

 理解することである。理解するためにはどうしたらいいか。

 自分なりに疑問をもって,考えることである。

 考えるためにはどうしたらいいか。

 実験してみたり,資料を探してみたりする必要がある。

 予想と違っていたり,反対の考えの根拠となってしまう実験結果や資料が見つかったら,さらに頭を使って考え続けなければならない。

 知識は「鵜呑み」にすることではダメだということに気づけるテストをつくらないと,どの教科でもやってもやらなくてもいいタイプの道徳の授業と同じになってしまう。

 全国学力調査のノウハウは,「学校で実施するテストに関するガイドライン」というかたちでまとめて,「丸暗記で解ける問題の排除」という大原則を課せば,あとは保護者が常にチェックしてくれるはずである。

 
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統計資料を読むときに注意すべきこと~社会科教育11月号

社会科教育 2017年 11月号
明治図書出版
2017-10-12


 教師の側から言えば,地理の問題を作るときに,気をつけるべきこと。

 子どもの側からすれば,統計を使った地理の問題を解くときに気をつけるべきことを紹介します。
 
 この雑誌の64~65ページに,インドとケニアの茶の生産量と輸出量から,両国の違いについて書きなさい,という「良問」(とされる問題)が示されています。

 「ケニアではインドと違って茶をあまり国内で消費せず,主に輸出のために茶を生産している」という解答例が示されています。

 この解答例は,「正解」と言えるでしょうか? 次の表を見て下さい。

インドとケニアの茶の輸出量

 雑誌の「資料」には,「生産量」と「輸出量」(2012年)しか示されていませんが,

 両国の「人口」(ここでは2013年のデータ)をもとに比較してみると・・・。

 そうです。ケニアにおける茶の生産には,「輸出をし,外貨を獲得する」という目的があることは確かですが,ケニアでは,国内需要の拡大にも力を入れようとしています。

 「茶をあまり国内で消費しない」という表現が適切かどうかを考えてみましょう。

 国には「国民がいる」という当たり前のことを無視した学習は避けるべきです。

 地理のデータには,人口1人当たりとか,単位面積当たりで比較しないと意味をなさない数字というものがあります。

 たとえば鳥取県の○○の消費量が,東京都の半分だったとします。

 鳥取県の○○の消費量は,「少ない」と言えるでしょうか?

 人口1当たりにすると,東京都民の12倍以上消費していることになります。

 佐賀県の米の生産量は,北海道の5分の1くらいですが,面積を比べると

 佐賀県は北海道の34分の1です。

 佐賀県と北海道と,どちらの方が「米の生産がさかん」と言えるでしょうか?

 国や県の統計は,「人口」や「面積」,ときには「GDP」を基準にして考えて語るべきものがあることを知っておきましょう。

 「良問」の正解は,「ケニアはインドよりも,茶の生産量に占める輸出量の割合が高い」となるはずです。

 東日本大震災のとき,パプアニューギニアの高校生や教員が350万円の寄付をしてくれました。

 パプアニューギニアの1人当たりGDPは,日本の14分の1以下です。

 パプアニューギニアの人にとっての350万円は,日本人にとっての5000万円くらいの価値があると言えます。日本で学校の先生と生徒が5000万円分の寄付を集めることができるでしょうか?

 表面的な数字だけで何かを判断しないよう,気をつけることができるようにするのが,社会科の学習です。

 ある生徒は社会のテストの点数が90点だった。ある生徒は30点だった。

 点数だけで子どもの学力や人間性を判断する人はいないと思いますが,90点や30点の価値を多面的に捉えてフィードバックすることが教師の役目です。

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学校が「主体的に学べ」なんていうな!~職業としての小説家



 村上春樹の学校観は,多くの人の共感を得ることができるでしょう。
 
 小説と同じです。大嫌いな印象をもっている人もいるでしょうが,グローバル・スタンダードの学校観といっても過言ではないでしょう。

 村上春樹自身は,学校が性に合わなかったといいます。
 
 学校が性に合っている人がものを書いて面白いと思わせることができたら,ぜひとも教師になってほしいものですが・・・。

 学校では,決まった時間になったら,強制的に特定の教科を学ぶ仕組みになっています。

 数学の時間に油絵を描くことは許されません。

 国語の時間に走り出したら怒られます。

 体育の時間が嫌で仕方が無かったようですが,学校を卒業した後,自分がやりたいスポーツを始めたら,面白くて仕方が無かったといいます。

 教師の私が言うのも何ですが,そうでなければいけないでしょう。

 教師は,学校では,子どもが主体的に学んでいるように騙しているだけとも言えます。

 おままごとの時間を許すような教育方法もあるようですが,子どもたちは決められた時間に,決められた課題をこなし,決められた字数でふり返りを書き,テストの点数も含めて序列化されていく。進路にも,その序列の成果が反映されていく。

僕が経験してきた日本の教育システムは,僕の目には,共同体の役に立つ「犬的人間」をつくることを,ときにはそれを超えて,団体丸ごと目的地まで導かれる「羊的人間」をつくることを目的としているようにさえ見えました。

 そしてその傾向は教育のみならず,会社や官僚組織を中心とした日本の社会システムそのものにまで及んでいるように思えます。そしてそれは・・・その「数値重視」の硬直性と,「機械暗記」的な即効性・功利性志向は・・・様々な分野で深刻な弊害を生み出しているようです。


 教師までが羊にされている現状では,子どもは何になれるのでしょう? 


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