教育失敗学から教育創造学へ   (読書編) ~子どもの教育に情熱をかける人々のために~ 

小学生と大学生の親です。 このブログでは,読書から得られた発見や視点を中心に,子どもの教育について考えていることを書き綴っていきたいと思います。

2018年01月

小学校教員の働き方改革~東京都教育委員会



 「小学校教育の現状と今後の在り方検討委員会」の提言が,昨年12月に出されていることを知りました。この中に,「働き方改革」として3つの提案が示されているのでご紹介します。

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○ 小学校教員の働き方改革を進めるためには、専科教員等による指導体制を構築することによって、学級担任の空き時間を増やしていく必要がある。

○ 教員一人一人の指導の質の向上と授業準備等の効率化を図るために、授業におけるICT機器やデジタル教材の積極的な活用や共有化の推進を図る取組について検討する必要がある。

○ 教員が担うべき業務である学習指導や生活指導において、児童一人一人への対応に注力できる環境を整備するために、校務運営や授業準備等を支援する人材の配置や、学校支援ボランティアによる教育支援活動を行う体制を構築する必要がある。

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 中学校にも関連がある2つ目の内容について,現場で起こっている問題をご紹介します。
 
 最近,中学校の理科の教師の中に,デジタル教材で実験の様子を説明するだけで,実際に実験室で器具を利用した学習を行わない人が出てきるそうです。
 
 荒れた中学校で,実験器具を触らせることが危険だとか,生徒の安全が確保できないとかいう理由で実験室が使われない可能性はありますが,「技能」を育てない教育はNGでしょう。
 
 学習指導の質が向上するのではなく,ただ教師が実験器具の準備や片付けをしなくてすむ=労働時間が少なくてすむような「改革」を阻止する方法はあるでしょうか。

 実験器具の準備も自分でできない人を採用したところで,意味はないでしょう。

 どこかの大学のセンセイは,「実験をさせる意味はない」と公言しているようですが,採用時にきちんと確認しておくべき点はたくさんありそうですね。

 いずれにせよ,「働かない改革」に陥らずにすむ方法を真面目に考える必要があるでしょう。

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組織に頼る悪~週刊ダイヤモンド「超」整理日記



 日本人は,協調性のある人が高い業績を残せる社会であった。
  
 このことは,組織の利益を優先できる行動が,良い結果を残せることと関係が深いことを示しているのだろうが,それは同時に,良い結果に見せかけるために粉飾してしまう行動に結びつくこともあった。また,組織に依存する人間が増えるようになっていった。
 
>組織とは人間が支えるものなのだが,そうした意識はなくなり,組織は何もしなくても永遠に存続するもの,従ってそれに寄り掛かればよいし,あわよくばそこから私的な利益を引き出すこともできると,考えるようになったのだ。(野口悠紀雄氏)

 組織がこのように腐る運命を辿らずにすむには,どうしたらよいのか。

 一つの道は,協調性など捨てて,組織よりも自分の利益を最優先させるような行動をとり続け,自滅しないように努力をすることである。

 もし,組織をあくまでも大切にしようとするなら,不正が起こらない高い倫理観を維持できるようにすることである・・・・が,文部科学省の役人どもがやっていたように,日本の教育政策を動かせる公務員が,自分たちの組織のためにルールを破るような国の場合には,アメリカ型の個人主義に舵をきった方がよいのだろうか。

 教育現場が頭を抱えているのは,指導力に課題のある教師である。

 「子どもが悪い」「保護者が悪い」といって一切自分の愛情不足,力量不足を省みない教員が頼りにする「組織」とは何かは言うまでもないだろう。「学校」という組織の柱は管理職なのだが,今や,管理職の方が「すぐに出て行ってくれるのでありがたい」と敬遠される存在になっているところもある。

 学校を支えている最低単位と言えるものは,「学年」という組織である。このことに気づいていない人に,教育を変える力は発揮できないだろう。

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真面目さ>外向性>精神的安定性>協調性>開放性~性格スキル



 日経のコラムで読んだ話に興味がわいたので,店頭に並ぶのが待ち遠しい1冊となった。
 
 タイトルの序列は,仕事のパフォーマンスとの平均的な相関係数を示しているということ(アメリカの大学教授が示したもの)である。

 いろんなものに興味を持ちやすい人(好奇心が旺盛な人)ほど仕事ができる,というわけでもないことは,「すぐに気が散る」「他にやりたいものができてしまう」ことが予想されるので,納得しやすい。
 
 指示されたことをただひたすら真面目に,粘り強く,ルールを守ってやり抜くことができる人・・・何だかロボットのようにも思えてしまうのだが・・・そういう資質が大事だという話を聞いてしまうと・・・

 日本では「詰め込み教育」を受け入れ,ひたすら努力してきた「秀才」たちがやはり仕事ができるんだ,なんていうことになりかねない(実際,そうである気もするが)。
 
 失敗することがわかっている「新学習指導要領」の次が,また大きな揺り戻しになる予言の根拠になってしまいそうである。

 なお,協調性は4番目に位置しているが,日本ではやはり協調性は大事なようである。

 面白いのは,日本では協調性が高い人ほど収入が高くなっているが,アメリカの場合は協調性の高い人ほど収入が低くなるという負の相関があるそうだ。集団主義に日本と個人主義のアメリカの違いを見事に示している数字なのだろうか。

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「ムーミン」問題~センター試験の出題傾向が示したもの

劇場版 ムーミン谷の彗星(字幕版)
アレクサンダー・スカルガルド
2016-03-23


 話題になっているセンター試験「地理B」の「ムーミン」問題に注文をつけるとしたら,アニメの画像にフィンランドの特徴(出題された図には針葉樹が示されてはいたが)がよくわかるような広い範囲の風景(景観)をもっと入れるべきだったか。

 次のようなイラストだったら,アウト(不適切)だった。地理の問題だから。



 ただ,この問題は,「ムーミン」は知らなくても,「ヴァイキング」=スカンディナヴィアを知っていれば解けてしまう。
 スウェーデン語とノルウェー語は似ているはずだ,と予想させる出題意図も面白い。

 この問題から分かるのは,「教科書に出ていない題材を使って,教科書を通して学んだ知識が使えるか=応用できるかを問う問題を出題する」という意図があったことである。

 こうした出題方針には大賛成であるが,必ず苦情が来る。

 「なぜ教科書に出ていない題材を出すのだ」

 教育は,こういう苦情がナンセンスだということに気づける国民をだきるだけたくさんつくるために税金を使って行う国の仕事である。

 「教科書を丸暗記しているだけでは解けない問題をつくる」

 という方針は大切にしてほしい。

 センター試験は,新しい学習指導要領の趣旨を一部先取りしたかたちをのぞかせてくれた。

 「廃止」になることがわかってやる仕事に,モチベーションを感じられることも大切なことである。

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土壇場でこそ「心の声」を聴け~武器を磨け



 


 教育現場には,教師を続けるかどうか迷っている人,授業が上手くできなかったり,子どもとの関係が構築できずに悩んでいる人がたくさんいる。
 
 面と向かって「弱者」と呼ぶことはできないが,教師集団から見れば,「負け組」になりそうな「弱者」であることには間違いがない。なお,念のために言っておくが,「弱者」には「弱者」なりの強みや「教育効果」を持っているから,よほどのことがない限り,辞めずに続ける道を選ぶ努力をすべきだと考えている。そのヒントになる本として,『武器を磨け』を紹介したい。その中の一節。

 本当の正念場,土壇場を経験してほしい。

ナチスの強制収容所,アウシュヴィッツでの体験をもとに描かれたヴィクトール・フランクルの『夜と霧』(みすず書房)という作品がある。
 日本でもロングセラーとなって多くの人に読まれているが,単に極限状態の中で人間がどう生きられるかということを示した記録としてだけでなく,どういった資質の人間が過酷な現実を生き抜けたのかという視点でも非常に参考になる。


私が感じたのは,ユーモア,情感,センチメンタリズム(感傷的傾向)の三つを持っている人間が極限を生き抜けたのではないか,ということだった。

 過酷な現実を前にしても,ユーモアの精神を忘れない。

苦しいときほど笑え

 という言葉は,困難に立ち向かっている生徒にこそ送りたいものである。そのためには,自分がユーモアによって子どもの心をとかしてあげなければならない。

 もちろん,ユーモアだけで救われるものではない。極限状態の厳しい現実は,「絶望」をつきつけてくる。こういうときでも,「何かを感じようとする自分の心」だけは閉ざさない。自分以外の何かに意識を集中させてみる。教師なら,子どもにしっかりと目を向けてみる。子どもを見ない教師は,子どもから信頼されることはない。

 授業がつまらない,と生徒が嘆く教師は,ユーモアがない(話が面白くない),情感の交流ができない(生徒の側の感情の機微を察知できない),共感してくれないなどの特徴を持っていることにも気づいた。・・・では,そもそもこういう人は,教師になってはいけなかったのか?

 アウシュヴィッツの中でどんな交流があったのかを知ってくれれば解決策が見えてくるのではないか。

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