思考力
外山 滋比古
さくら舎
2013-08-05


 中学生のころに先生から聞いた話か,外山先生の別の本から読んだ話か定かではないが,

 「転石,苔を生ぜず」が日米で全く別の意味になるという話はご存じの方も多いだろう。

 日本は「石の上にも三年」と同じような意味で用いられる。

 アメリカでのローリングストーンは,飛躍するために欠かせない行動を促している。

 気候の違いで,苔が「美しいもの」に見える国と,「不潔な邪魔もの」に見える国との違いとみることもできようが,

 実はこういう矛盾は,日米という国の違いではなく,同じ日本の社会の中にも存在している,という認識をしっかりと持てるようになるのは何歳ぐらいになってからだろうか。

>われわれの生活の中には,矛盾したことも,反対のことも,ごく普通に共存している。昔の人は,知識の形を,できるだけ生活の経験に即したものにしていた。それが知恵である。

 ことわざにしても,たんなる知識ではない。経験を合わせもっているから,ひとつのことわざがあると,かならずといっていいほど,それと矛盾した意味をもつことわざができる。

 たとえば,「三人寄れば文殊の知恵」といって,一人より三人いたほうがいい知恵が生まれるといっているかと思えば,「船多くして船山に登る」と,知恵のある人がたくさん集まるとなにも決めることができなくなり,とんでもないことになってしまうといったりする。


  外山先生は,今の時代は昔より知識が増えたのに,知恵が失われていると嘆いている。

 ものごとを単純に割り切ろうとし,経験を通さず,知識だけで決めつめようとする人間が増えている。

 昔は,大学を出たばかりの教員は,バカにされてきた。

 今は,バカにできる教員がいなくなった。

 経験も,何も考えないで過ごしていると,知識と有機的な結びつきができず,

 何をどう批判されているかすらわからない人間になってしまう。

 まだ問題が起こっていないことについて指摘された場合は,

 「原因」が問われているのではなく,「目的」が問われているのである。

 「やってみないとわからない」という反論も的外れであることがわからない。

 自分にとって理解可能な思考回路でしか語れない人に,他人の思考回路を非難する資格はない。


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