司馬遼太郎という小説家のおかけで,現代の日本で「有名人」になれたのが坂本龍馬である。

 そこが歴史家たちの気に入らない点でもあるのだろう。高校の教科書から,坂本龍馬を消そうとしている人たちがいる。磯田道史さんも「(竜馬は)脇役であって主役(=西郷隆盛と大久保利通)ではないという史実は動かせない」と語っており,「虚像を廃す」という狙いがあることはわからなくもない。ただ,暗記させる語句を減らすために「教科書から消す」という動機事態がおかしなものであることは,歴史ファンでなくてもわかることだろう。教科書は,決して無味乾燥なものではない,ということをアピールしたい人たちにとっても迷惑な話である。

 歴史教育を語る大学教員の中には,木戸孝允ですら「知らなくてもいい人物」などと言えてしまう残念なアメリカかぶれもいる。

 日本には,教育の世界に確固たるリーダーがいない。「実証的な調査研究が大切だ」などと言いながら,ガラクタばかりを集めてみても,教育現場はどうにもならないことがわかっていない人が多くて困る。

 磯田道史さんという歴史学者は,これからの時代に必要な人物であると強く実感するようになっている。もう10年近く前の座談会記録であるが,司馬作品をめぐる話の中で,注目しておきたい言葉を拾っておきたい。

>紀元前から政治家が善人であった例は少ない。政治家という悪人に結果として善事をやらせるには,どうしたらよいか。それを考えるのが我々の課題のような気がします。

>桂が「公議公論」というものの大切さを明治国家のなかで説いた。一介の民も国にきちんと意見できる国家をつくる。・・・・吉田松陰,藤田東湖の時代からの思想ですが,官の暴走で謝りがちな日本という国家には必要な理想論です。僕はその青臭さを含めて高く評価したい。


 国家とはどうあるべきか,どのような国家をつくろうとして先人たちがどういう努力をしてきたのか,それを考えさせるのが歴史学習の一面であり,「だれだれ抜きでもそれは考えさせられる」と意固地を張ってみても,「この人についてはどうですか」と逆に子どもからいい題材を提供されかねないような小学校の教科書では役に立たないのである。

 私はときどき「司馬作品についてどう思うか」という質問をされるときがあるが,磯田さんの次のような言葉を参考にして持論を述べている。

>バックに国家組織を背負って物事を進める人間は描きたくないという思いは,後の『坂の上の雲』など,他の作品からも見受けられます。
 司馬さんはやはり一介の素浪人が天命を受け,この国を動かしていく物語を書いてみたかったんでしょう。執筆時は高度経済成長の真っ只中でした。敗戦から立ち上がった日本人が,自分たちの手で歴史を作る上で励みになる作品にしたいという意思の下に,主人公を探したのではないでしょうか。


 司馬作品の中で時代がその人物を生んだ~「天の意思」が命じた~として描いているように,時代が司馬作品を生んだのであり,高度経済成長期という時代を理解するのに役に立つ,というのが私の考えである。


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