政権に媚びを売る人たちが増えている。
大学人たちは,政権や文科省に尻尾を振ることで,生きるための金を恵んでもらっている。
中学校にまんがを読みに通っていた少年が,大学のセンセイになるのは素晴しい。
こういう国が「再興」するための決め手になるものは何か?
「士農工商」が時代の最先端になっている,という著者の主張にはドキリとさせられた。
「自由」より「安定」を好む,という性格は確かに日本人にも多く見られそうである。
歴史学的な意味がわかっていないのではないかと焦ってしまったが,「農」のイメージは正しかった。「百姓的な生き方」が求められる時代というイメージについて,おおむね理解できた。
副業を寛容に認めるような企業文化が生まれれば,「社員」のイメージも変わっていくだろう。
>いろんな仕事をポートフォリオマネジメントしているので,コモディティになる余地がありません。
学校の教師には,もともと「百姓的な生き方」が求められていた。
授業だって研究だって行事だって校務だって部活だって,何でもこなさなければならない。
「働き方改革」とは,「百姓一揆」なのか,「キリスト教徒弾圧」なのか,「異学の禁」なのか,人によって求めるものは異なるかもしれないが,校内の「士農工商」は,守るべきなのか,破壊するべきものなのか?
子ども不在の議論にならないよう,心にとめておかなければならない。
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