研究大会などに出かけると,大きな目標が掲げられていて,その実現に向けての取り組みが「構造図」としてまとめられているのをよく見る。基本的に,「ツリー構造」である。物事は,整然と示されていることで,理解しやすくなる。あるものはAの仲間,別のこっちはBの仲間,などと,違いによって区別されている=「分けられていること」が,「分かりやすさ」と連動しているのである。学校の教育課程も似たようなものである。

 しかし,こうした基本原則に沿って物事を系統的に整理していくという思考は,多様性を排除するなどの弊害をもたらしてきた。新しい価値が生み出せず,変化に対応できない。ドゥルーズとガタリがこうした「ツリー」型に対抗して提唱したのが,「リゾーム」(地下茎,根茎という意味)というネットワーク型の思考法だった。

異なったものを体系化・秩序化するのではなく,〈全体を構成するそれぞれの部分を自由に横断的に接続していくネットワーク型の思考法〉がリゾームです。

 新しい価値や性質,多様性を生み出すためには,自在なネットワークでつねに変化することが可能である「時間」と「空間」が必要である。今までの日本の学習指導要領には,この「時間」も「空間」もなかった。おそらくこれからも,道徳科まで加わった「ツリー」型の教育課程でがんじがらめの中,「カリキュラムマネジメント」が求められるわけだが,メニューがすでに決まっていて時間も限られている料理人に「工夫しなさい」はないだろう。食材をよくするか,見栄えのよい皿を用意するしかない。巷に溢れている私的な教員研修はこの類である。

 「ツリー」型発想の行き着いた先が,教科独自の「見方・考え方」というシロモノである。過去の学力調査や教育課程実施状況調査をふり返ればわかるように,今までの子どもたちは,そんなものには目もくれず,ひたすら教科書の内容を覚える学習を繰り返してきたため,「考え,説明する問題」に弱い。

 本当に子どもに「考える力」をつけさせようとしたら,「教科の枠」など取り払って,本当に学びたいものを見つけさせ,探究させる必要がある。しかし,そんなことはできないことは,総合的な学習の時間の実施状況を見ればこれもまたよくわかる。総合的な学習の時間が創設されたときに,「教科横断的な学習」の優れた実践が始まればまだ希望もあったのだが,そう簡単にはいかなかった。
 
 日本の教育では「教科横断的」にしようとするからダメで,教科も含めてすべてを自由に横断できる学習にしなければならなかった。そういう学習が展開できている学校は,どのくらいあるのだろう。エネルギー教育のような,道徳と特別活動,社会科,理科,技術・家庭科のすべてに関係がありますね,という学習対象をだれがどのくらい思い浮かべることができるだろうか。

 そもそも戦後教育は,リゾーム型思考ができるような活動が用意されていた。しかし,教師が教材を用意しきれない,実践しきれない,という理由で,ガチガチの教科書が登場し,子どもより教師の方が頭が悪いのではないかと思われるほど,懇切丁寧に「授業の方法」を紹介する本まで売れるようになってしまった。そんな本を売るより,子どもに「学習の方法」を紹介する本を教科書とセットであげた方が,よほど効率がよい。

 ツリー型思考が,どうしようもなく悪いものかというと,決してそうではない。
 戦争を例にすれば,わかりやすい。戦争に勝つためには,武器や基本戦術とそれを操る人間が必要である。どこかに「もれ」「弱さ」があると,敵につけこまれ,敗れてしまうことになる。ツリー構造で戦争の全体像が理解されており,命令も同じように系統的に下され,守られていくことで,それなりの「戦争」ができるようになる。
 
 しかし,お互いに「もれ」「弱さ」がなく,同じような軍隊を同じように率いていくと,戦線は膠着し,兵士の消耗合戦になる。だから勝つためには,「思いも寄らない新しい武器や戦術」が必要になってくる。こういう武器や戦術は,ツリー型思考からは出てこない。そもそも発想の枠内にはないからである。

 地上に出て見えている「樹木」=ツリーの「幹」「枝」「葉」と,地下にあって目には見えない「根茎」=リゾームを対比させたこと自体が,本当に秀逸な発想である。

 世の中の多くのものは,みな,「異なっている」ものばかりである。しかし,それらはすべてどこかで「つながっている」という意識に目覚めたときに,たとえば世界全体の持続可能な社会づくりの意義が見えてくるのである。

 ツリー型の内容の「整理」をしっかり行った上で,発想をリゾーム型に切り換え,新たな発想を生み出させるようにする,そういった時間的なゆとりを教育課程にはもたせてほしい。

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