「さみしさ」の研究 (小学館新書)
ビートたけし
小学館
2018-11-30


 「スーパーボランティア」尾畠春夫さんに触発されてか,全国で「にわかボランティア」が増えているらしい。助けるよりも,むしろ迷惑をかけてしまう「モンスターボランティア」もいるらしい。
 
 「善意を受け付けない人間はいない」という誤った人間観は,道徳の授業でも扱われる浅い「思いやり」学習がもとになっている。

 「ボランティア=素晴しい」「思いやりの心=道徳的だ」などという一面的な解釈が当たり前になってしまった責任の一端は学校教育にもある。

 「ありがた迷惑」を通り越して,ただひたすら「迷惑」になるようなわがままな「善意の行動」は,自分が「善人であることを確かめる」「善人であろうとする」ことが大きな目標であって,困っている相手は,目標を実現するための「道具」でしかない。

>自己客観視できない老人ほど見苦しいものはない

 本来,「生き方を学ぶ」教育では,こういう価値観を育ててあげるべきである。 

>ふと思いつきでボランティアに手を出して,「自分も何かやって褒められたい」「人助けをしていい気持ちになりたい」と考えているようなヤツとは覚悟も気構えも違う。なかでも一番違うのが,自分が役に立つのか立たないのか,冷静に判断できる力なんだよな。

 教育現場の場合は,自分の無力さに気づかせるために,むしろ相手に迷惑がかかることはわかっていただいて,「ボランティア」を強制する(カリキュラムの中に,「ボランティア」活動を入れて無理やりやらせてしまう)という方法はあると思われる。それは「奉仕の精神」を育てるためではなく,「自分を知る」ための活動である。

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